為公会いこうかい⇒志公会しこうかい(麻生太郎政策集団)

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志公会の活動

2018 例会・志公会と語る夕べ・夏季研修会・緊急総会  安倍総裁選挙に59/59票・志公会有権者全員投票

為公会⇒志公会

2017 新たな政治の体制づくりに

為公会の活動

2016 参院選挙勝利へ

2015 あるべき政策集団をめざして

2014 11月21日衆院解散、12月2日公示、14日投開票

2013 参院選挙勝利でねじれ解消へ

2012 民主党政権を解散に追い込め! そして政権奪還

2011 政権奪還を目指して  統一地方選挙勝利

2010 野党自民党として 参院選大勝利

2009 麻生会長は総理就任、為公会離脱中  7月21日衆院解散

2008 二度目の幹事長に就任 、第4回総裁選

2007 第1回為公会パーティー 、第3回総裁選

2006 第2回総裁選、「太郎会」設立、「為公会」設立

 

麻生太郎の考え

2008/02/25 私の地方繁栄論

2008/01/22 安心を取り戻すプラン

2007/01/08 麻生太郎邸訪問!

   

麻生太郎の表情(ショート・ビデオ)⇒ YouTube

https://www.youtube.com/user/junmatsumoto031109

自民党総裁選への取り組み

2018 安倍晋三候補を支持  当選

2015 安倍晋三候補を支持 無投票当選

2012 安倍晋三候補を支持 決選投票勝利

2009 河野太郎第1回目の挑戦  落選

2008 麻生太郎第4回目の挑戦  当選

2007 麻生太郎第3回目の挑戦  落選

2006 麻生太郎第2回目の挑戦  落選

2001 麻生太郎第1回目の挑戦  落選

志公会(新麻生派)設立
2017(平成29)年7月3日
ホテルオークラ

為公会(44名)、番町政策研究会(10名)、天元会(6名)、以上三派が発展的に解消され、新たに志公会(新麻生派)に集結する設立総会が開かれた。60名を擁する第2派閥、新麻生派が結成された。

為公会(麻生太郎政策集団・派閥)設立
2006(平成18)年12月19日(火)
ホテルオークラ

「天下為公(天下をもって公となす)」

  古代中国の経書、礼記の一説にある為政者の政治理念を説く言葉で、「大同の世界を建設する」の意である。政治的決断を迫られた幾多の局面において、常に私の頭にあった大切な言葉である。
 昨今、「公」という言葉からその重みが失われつつあるが、自由、民主主義は「公」の概念がなければ成り立たない。そして為政者には、今、この「公」の重みを取り戻し、国家が公共全体の為にあるべく政(まつりごと)を行い、蒼生安寧を図ることが求められている。
  今ここに、天下が「公」の為にあるという崇高な理念の下、政策研究・立案を行い、我が国が持つ底力を引き出すべく活動していく政策集団「為公会」を設立する。

2006(平成18)年12月19日
 衆議院議員 麻生太郎 他 会員一同

麻生太郎(会長)、中馬弘毅(座長)、鈴木恒夫(副会長)、鴻池祥肇(副会長)、森英介(事務総長)、山口俊一、岩谷毅、河野太郎、桜井郁三、井上信治、赤間次郎、鈴木馨祐、薗浦健太郎、浅野勝人、松本純(事務局長)

太郎会(麻生太郎を囲む超派閥の会)
2006(平成18)年10月23日(月)設立
キャピトル東急ホテル

  「太郎会」、これは私が勝手に呼んでいる名称で、麻生太郎招待懇談会とでも言うのが正式な呼び名かも知れません。麻生太郎さんの総裁選挙に協力した仲間と、ときどき懇親を深め、交流を続けようと麻生太郎さんから呼びかけられた会合です。それぞれの現在の取り組みについての話などで盛り上がりました。

 この私が勝手に呼んでいた「太郎会」が正式な会の名前になってしまいました。毎月定例で、直接麻生太郎と語る会として、徐々に仲間の輪が広がったらいいな、と思っています。

大勇会が独立旗揚げ(15名+1名)
1999(平成11)年1月18日

河野洋平(11期)、粕谷茂(9期)、相澤英之(8期)、東家嘉幸(7期)、麻生太郎(6期)、中馬弘毅(6期)、江藤征士郎(5期)、鈴木恒夫(3期)、森英介(3期)、浅野勝人(2期)、亀井久興(2期)、栗原裕康(2期)、岩下栄一(1期)、河野太郎(1期)、松本純(1期)、以上に鯨岡兵輔(12期)が合流し、大勇会が旗揚げした。その時、麻生太郎先輩が松本純に贈った言葉が「義理と人情とやせ我慢」。

大勇会(河野洋平グループ)宏池会離脱
1998(平成10)年12月21日

当時の宏池会会長宮澤喜一氏が後継者として加藤紘一氏を会長に指名することが決定し、それに反発した河野洋平グループ15名が脱会することになった。

 


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